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3月、清酒を仕込み終えてから焼酎の製造を始めて25本を仕込むと、はや6月となって、今朝は軒先につばめの姿が見られた。 焼酎の原料には九州産の裸麦と大麦を1仕込みあたり1200キロ使用する。1次のもろみとなる麹麦に400キロ、2次のもろみの掛け麦に800キロの割合である。大麦による仕込みには白麹を、裸麦には黒麹、それぞれの特質にあわせて蒸留も減圧と常圧と異なる方法でおこなっている。製成後は1年余りゆったりと寝かせ、古い冷涼な倉には樽貯蔵などもして熟成を待つ。 |
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1945年、終戦の年生まれで幼年期少年期を麦飯を腹いっぱい食って大きく育った。家が島の麦作農家であったためか60年代まで麦が主食だった。炊かれる麦にも丸麦と押し麦があって、精麦代とか歩どまりの関係もあってか経済的にゆとりのある家では押し麦を、そうでない家では丸麦を食していたように覚えている。子供の頃から畑の手伝いをやらされて腹を減らした。野や浜で遊びほうけては腹を減らした。裏の土間の台所でたらふく麦飯をかきこみ、戸口を出るときには片手にふかした芋を握り、もういっぽうの手には丸干しの塩いわしが握られていてスキップしながらそれを交互に口にはこんだ思い出がある。 甘い辛いを充分に噛み砕いてあごの骨が立派に発育した。私のあごの骨も他の骨も血も肉も、もともとは麦と甘藷といわしが造ってくれたものなのだ。 そのころの裸麦の品種は「ミシマ」であったと思う。現在は品種改良が進んで多数の品種があるそうだが、醸造に好適種の「一番星」を使用している。 精麦で6割までけずってあるせいか「ミシマ」に比べて小粒と思えるが、蒸し上がったのを握るとムチムチとした弾力が頼もしい。 丸麦の炊いたのをその頃「エンバイボ」と呼んでいた。 野道で近くの圃場の家族と昼飯を共にすることが良くあったが『おるがえはエンバイボよ』 と父や母が笑いながら言えば『おるがえもたい、アハハハ』とかえってきて何故か嬉しかった。「おるがえ」とは(俺の家では)という意味。「エンバイボ」とは島の方言でトンボのこと。丸麦はトンボの目玉のようにまんまるだった。 「おまえ焼酎になるんだぞ」と声をかけたいほど丸麦が親しく懐かしい。 |
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昼頃に蒸し上げて適温に冷まし種麹をふるのが午後3時となる。 翌朝ドラムから麹棚に移す頃にはうっすらと麦の表面に菌糸がまわっている。 松野君と昔ながらの道具を使って棚へと移し温度管理をおこない、さらに24時間麹菌の増殖を促す。翌朝には酵素を充分に含んでチョコレート色の黒麹に仕上がっている。 胞子の剥離を防ぐためにシューターは使わずに桶で運んでタンクに投入する。 黒麹は胞子が飛びやすい。 黒い霧のように舞い上がって男まえの松野君も目玉がなけりゃ前だか後ろだか、わからぬほどに真っ黒となる。 1次仕込みは麹と水、それに先のもろみをヒシャク何杯か添加してカイ入れ(もろみの攪拌)を行なう。 先のもろみの酵母が新しい環境で盛んに分裂増殖を始めて、2日目の朝にはブツブツブツと音を立てて発酵している。 カイを入れて品温を均一にしてやる。 頃合を見て冷水を回し品温をコントロールしてやらないと酵母は爆発的に分裂して自滅する。 樋口君が時々酵母数を調べるので顕微鏡で覗かせてもらう。 6ミクロンほどの酵母細胞が2つ3つときれいに分裂する様子が確かめられる。 好条件だと2時間で倍の数になる。 もろみ1ミリリットルに3億の数らしい。 2次仕込みのもろみの量は3000リットル、さて酵母の数は・・・? 膨大すぎて実感ができない。 コップ一杯の焼酎に全人類のX倍の酵母の働きがあったわけである。 酵母は麦から溶解したブドウ糖を菌体に取り入れてアルコールを造るがアルコール濃度が高くなると、その殺菌作用で自滅する。 あれこれ知ると牛のように只ガバガバと飲んでては申し訳ない。 酵母の功に感謝して楽しく愉快に豪快に飲みたいと思う。 |
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仕込みを終えて瓶詰工場へと松野君も忙しい。 蒸留をやりながら2次もろみにカイを入れていると、「今回はずいぶんと香りがいいですね。 フルーティーな匂いがあふれてますよ。」と、樋口君。 酵母に精通しているから頼もしい。 1日中蔵にいると嗅覚が鈍になってくる。 それでももろみの熟成が進むにつれ麦の香りがむせ返るような豊潤な匂いへと変わると、あまりの良い匂いにボーッとなりカイを入れる手も休みがちとなる。 蒸留直前のもろみには南国果実の匂いなども混ざって不思議である。 私はこの豊潤な匂いを5月の大地が発酵する匂いだと思う。 初夏の太陽に麦も草も果実も、鳥や獣や、海や磯や地中や地上で呼吸するものの、エネルギーが発酵してかげろうとなって大地にゆらぐ。 麦穂は熟しつつそれらを細胞に取り込んでいるのだと思いたい。 蒸留時、何回かサンプルをとって香味を利き吟味する。 そのなかにあの5月の匂いを利きだそうとしている。 |
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仕事を終え、ひとふろ浴びて『不世出』をロックでいっ杯。 口に含むとサラッと舌になじんでからだの緊張がほどけてゆく。 ゆったりとしたい時に飲むに『不世出』は一番いい。 丸麦の飯は硬くて噛み砕くにはずいぶんと顎と歯の力が必要だったらしく、私の歯は石臼のように頑丈である。 その石臼のような歯のあいだをゆったりとすすぎながら喉におちてゆくが、喉をはしるにも『不世出』はなめらかである。 いつの間にか高級魚に出世した鰯の丸干しを焼いて肴にして飲んでると、牛と畑を起こし麦を蒔いたり、土を寄せたり、麦刈りの時鎌で手を切ったことなど思い出す。 麦畑の畔には野薔薇が花盛りで、花の蜜に群れるカナブンの羽音がうるさかった。 ソムリエの田崎真也さんが本格焼酎を利き酒されたなかに『白いお花の匂いがする』と述べられたのがあって、あの野薔薇の匂いなども思い出したい。 麦にあれこれと想い、焼酎造りにあれこれ考える毎日である。 |